以前にもこのブログで、大人以上に忙しい子供たちの現実を書いた事があると思いますが、多くの情報がより簡易に入手出来る時代が生んだ歪みなのか、受け皿の小さい子供たちには許容オーバーちゃうん?と思えるような実情を目にします。
この世の中、何が正しくて何が悪なのか・・・その定義を根底から覆すような大人の立ち振る舞いの中、子供だけにこれが正義だと決め付けて教育することに何か矛盾を感じてしまいます。
そんな子供たちも、いつまでも子供ではなくいつかはいい大人へと成長していくわけですが、大人へと成長していく過程の中で、今までは親のレールに乗って色々してきたことに、自分の主張が入ってくるその時をどう正しく導いてやるかが、我々大人の役割だと思っています。
道場でゆえば、子供の頃は嫌々ながらでも親の権限で道場へ通わすことが出来た。嫌々ながらとはいえ、稽古は厳しくしてることから、自分が気づかないうちに強くなっているものなんですが、中学、高校生あたりになると、ある程度は自分の意志がその先を左右するわけで、道場を辞めようと思えばいつでも辞める事が出来るんです。
小学生まではがんばっていたけど、中学、高校に進学するとまずは勉強に費やす時間が大幅に増え、尚且つ部活動や友人との交友に時間も割かないといけなくなると、おのずと空手に来る時間がなくなるっていう構図が生まれてきます。
・・・そうです。空手を辞めていくパターンで一番多いのがこのケースです。
この間も今年から中学生になった生徒が、学業との両立が難しいとの理由で退会しました。それぞれがそれぞれの理由があるので、きつく止める事もなく『勉強がんばってな』と送り出しました。
そして昨日は黒帯の大輝から、勉強に集中したいので親にもゆわれて少しの間休会したいと申し出がありました。
きっと休会すると、このまま道場から遠ざかり折角取った黒帯の価値までもさげてしまう。私的には非常にもったいないと感じたので、『道場を休むのは君の勝手だし、先輩がそれを強制的にどうのこうのできるわけじゃない。でも、1日中勉強するのか?もし普通に勉強に力を入れる程度なら、1週間に1度でも、2週間に1度でも稽古に来れないか?ようは空手を休む口実になっていないか?空手がもう辛くて辞めますって言ってくれたほうが納得出来る。だって先輩だって色々なことに時間を割いて、空手どころじゃない日も沢山ある。でも忙しさにかまけて自分が決めたことさえやらなくなる自分が嫌なのでがんばって空手続けてるねん。時間なんて与えられるもんじゃなく、自分が作るもんや。どんだけ忙しくても、どうにかして飯食うし、トイレにもいくし、寝るし、自分の好きなことには時間割くやろ。どうしても来れない時は休めばいい。どうにかしたらいけるんであれば来い。それで勉強に集中でけへんって事は絶対無いはずや。』
ようするに空手のポジションがどこにあるかです。自分にとって必要か必要じゃないか。
空手習ってる事で、空手を通じて自分を高揚させることが出来ると思ってもらえれば、少々辛くても続けていくもんです。
大輝には、がんばって休まず来いとは言ったものの、空手を続けていく事の意義をきっちり見出せる道場でなければいけないことは分かっているつもりです。
空手をやってて良かった、八尾道場で良かったと感じてもらえる道場やと自信があるからこそ、大輝にはずっと空手を続けてもらいたいと思っています。
この世の中、何が正しくて何が悪なのか・・・その定義を根底から覆すような大人の立ち振る舞いの中、子供だけにこれが正義だと決め付けて教育することに何か矛盾を感じてしまいます。
そんな子供たちも、いつまでも子供ではなくいつかはいい大人へと成長していくわけですが、大人へと成長していく過程の中で、今までは親のレールに乗って色々してきたことに、自分の主張が入ってくるその時をどう正しく導いてやるかが、我々大人の役割だと思っています。
道場でゆえば、子供の頃は嫌々ながらでも親の権限で道場へ通わすことが出来た。嫌々ながらとはいえ、稽古は厳しくしてることから、自分が気づかないうちに強くなっているものなんですが、中学、高校生あたりになると、ある程度は自分の意志がその先を左右するわけで、道場を辞めようと思えばいつでも辞める事が出来るんです。
小学生まではがんばっていたけど、中学、高校に進学するとまずは勉強に費やす時間が大幅に増え、尚且つ部活動や友人との交友に時間も割かないといけなくなると、おのずと空手に来る時間がなくなるっていう構図が生まれてきます。
・・・そうです。空手を辞めていくパターンで一番多いのがこのケースです。
この間も今年から中学生になった生徒が、学業との両立が難しいとの理由で退会しました。それぞれがそれぞれの理由があるので、きつく止める事もなく『勉強がんばってな』と送り出しました。
そして昨日は黒帯の大輝から、勉強に集中したいので親にもゆわれて少しの間休会したいと申し出がありました。
きっと休会すると、このまま道場から遠ざかり折角取った黒帯の価値までもさげてしまう。私的には非常にもったいないと感じたので、『道場を休むのは君の勝手だし、先輩がそれを強制的にどうのこうのできるわけじゃない。でも、1日中勉強するのか?もし普通に勉強に力を入れる程度なら、1週間に1度でも、2週間に1度でも稽古に来れないか?ようは空手を休む口実になっていないか?空手がもう辛くて辞めますって言ってくれたほうが納得出来る。だって先輩だって色々なことに時間を割いて、空手どころじゃない日も沢山ある。でも忙しさにかまけて自分が決めたことさえやらなくなる自分が嫌なのでがんばって空手続けてるねん。時間なんて与えられるもんじゃなく、自分が作るもんや。どんだけ忙しくても、どうにかして飯食うし、トイレにもいくし、寝るし、自分の好きなことには時間割くやろ。どうしても来れない時は休めばいい。どうにかしたらいけるんであれば来い。それで勉強に集中でけへんって事は絶対無いはずや。』
ようするに空手のポジションがどこにあるかです。自分にとって必要か必要じゃないか。
空手習ってる事で、空手を通じて自分を高揚させることが出来ると思ってもらえれば、少々辛くても続けていくもんです。
大輝には、がんばって休まず来いとは言ったものの、空手を続けていく事の意義をきっちり見出せる道場でなければいけないことは分かっているつもりです。
空手をやってて良かった、八尾道場で良かったと感じてもらえる道場やと自信があるからこそ、大輝にはずっと空手を続けてもらいたいと思っています。
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